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√:今回は特集させて頂きありがとうございます。では早速ですがインタビュー宜しくお願いします。まずは現在に至るまでの経緯を教えてください。

渕上(以下 F):大学卒業後、当時一番好きだった京都の古着屋doramaで5年間働きました。その後独立して2010年8月8日にセレクトショップPAssIMをオープンさせました。お店はもうすぐ一周年になります。

√:一周年おめでとうございます。ではヒストリー年表に沿って質問させて頂きますが、幼少期はどんな子供だったのですか?

F:とにかく人を楽しませるのが好きな子供でした。今でもそうですが、常に人を笑わすのが本当に好きですね。

√:小学校3年生の時モテ期を迎えたとありますが、昔から人気があったのですね。

F:自分で言うのもなんですが、クラス全員僕の事が好きだったくらいモテてました(笑) 小学校の時って好きな子って集中するじゃないですか。で、なぜかわかりませんが来ましたね.ビッグウェーブが…。 幼稚園の時は女友達しかいなくて、小学校から男友達が出来始めて男友達とツルむのがおもしろすぎて、女の子なんか来るな来るなって感じでした。それが良かったのかもしれないですね。 その後小学校4年生の時、なぜだかわからないんですが一気にモテなくなりましたね。小学生ながらに何かしてしまったんでしょうね。

√:中学校の頃から服は自分で買われていたのですか?

F:初めて買ったのが中学1年生の時で、ユニクロに1人で買いに行きましたね。もちろんお金はお小遣いからですが。反抗期と共になんで決められてる服を着なくちゃいけないんだって全てを反抗したくなって。そこからですね。

√:当時何を買ったのか覚えていますか?

F:覚えてますね。ベージュのグラミチの偽物のようなパンツと、BAD BOYのトレーナーです。まだユニクロでもそういったものがあった時代でした。そんなすごい興味があったわけではないんですが、お洒落好きな奴らって多少集まるじゃないですか。それで中学校3年生くらいから古着屋とかにも行きだしました。 その時初めて買ったのがコーデュロイのLevis517です。それは今でも履いてます。

√:その頃お笑い芸人を目指していたとありますが。

F:人を笑わす事が本当に好きで。関西って変な話ですがおもしろかったら友達できるし人気者になれるし、そういった自分のツールですよね。僕は運動もできるってわけじゃなかったですし。 今も当時も一番好きな芸人さんは明石家さんまさんですね。スタンスが好きなんです。 50代になっても若手に任しておけばいいことも自分で第一線でガンガンいくって、そういう感覚が好きですね。

√:その後お笑いを諦めた理由は何だったのですか?

F:笑いに対する意識が変わったんです。大学生になって服が本気で好きになったのもあって、隣のおもしろい兄ちゃんでいいかなって。仕事にしたら嫌いになるって言うじゃないですか。お笑いを嫌いになるのが怖過ぎたんです。なので今でも笑いのない会話とか笑いのない世界は嫌ですね。

√:高校生の時にB-BOYになったきっかけは何ですか?

F:先輩に初めて連れていってもらったクラブですね。とても衝撃的で、その時流れていた曲がTLCのNo Scrubz なんですがそれは今でも覚えていますね。なんて格好良いんだこの世界はって思いました。それからは海外にも憧れが生まれ始めました。

√:その後スケーターになったそうですが、当時何から影響を受けたんですか?

F:そうですね、海外に関連するんですが高校2年生の時に修学旅行で初めてアメリカのサンフランシスコに行った時、みんな現地の人達がストリートでスケボーしてたんですよ。それを見てめっちゃかっこええやんって思って。高校時代とか特に敏感で格好良いものに一番憧れるんですよ。だから目立つ奴らはみんな帰りスケーターでした。実際帰ってきてからスケボーもしてました。 スケボーをする時間も好きでした。近所の駐車場に集まって