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√Relation
人から人へ繋がるリレー形式のインタビュー。
ここではデザイナーやバイヤー、ショップスタッフ等から繋がり、インタビュイーのルーツやバックグラウンド等を紹介。

√ Relation vol.0019 秦 寛史

  2012.5.17 update

カラーフィールド 代表取締役 秦 寛史

・現在に至るまでの経緯

デザイナー(建築やプロダクト)を志望して大学に入るものの、周りの情熱と才能に圧倒されて、早々に諦めました笑。
幼い頃から洋服は好きで、有りがちですが、バイトをしまくって高い服を買う、という生活に入ります。
ちょうどオシャレカフェみたいなもののハシリで、アフタヌーンティーが流行っていたんですが、
昼はそこで、夜はNIGOさんやジョニオさんのイベント、ラストオージーが来る様なクラブっぽいバー?でバイトをしてました。
22歳だと思うんですが、当時超カッコよかったインポートのセレクトショップに履歴書を持っていって、
半年待たされましたが、働かせてもらった所からファッションのキャリアが始まりました。
大名というエリアがすごく盛り上がり始めた時で、当時はすごい数のショップがあり、すごい数の販売員がいました。
数年いると、2、3年で半分くらいが辞め、ある程度の歳になると8割り以上(もっと?)が辞めていく仕事だという事がわかって、
自分は絶対ファッションでプロになってやる!!と気合いを入れてた記憶があります笑。
当時はデザイナーブームで、良く売れる時代だったこともあり、販売成績は良く、バイトなのにボーナスをもらっていました。
大学はちゃんと卒業して、正社員になりパリ、ミラノコレクションに連れていってもらえるようになりました。
多分95年頃ですが、マルジェラがいて、ラングが出て、ガリアーノ、マックイーン、、、
パリファッションが何度目かのピークの時代だったと思います。
ミラノだとミウッチャ。
メンズファッションも大きく変わり始めていて、アントワープ勢が出てきて、ラフシモンズを経てエディスリマンに辿りつく、みたいな。
メンズ、レディスで年4回ですが、約10年、継続して海外コレクションを体験出来たのは、代えられない経験です。
いろんなコネクションもできたし、現在の自分の血肉になっていると思います。
少し重なってバレンシアガのニコラと、クロエのフィービーファイロが出て来て、レディスが復権、というか
超楽しくなっていきますが、メンズがピークを越えたとき(多分)に僕は一旦ファッションを離れました。
偶然ですがエディスリマンが辞めたのと同時期です。

そこからレディスのショップを出すんですが、自分は現場はやらずにスタッフを雇ってやってもらう、とは決めていました。
扱う商品も知り合いのやっている東京のブランドのみ。
良いスタッフに恵まれて、任せていてもなんとかやれて、誤解を恐れずにいうと、ヒマになったので、
これから新たに始めるべき事について考えながら、ぶらぶらしていました笑。
半年くらい福岡をぶらぶらしていて分かったのが、楽しいところがあまりない。
フラッと行きたくなるような。場所でも店でも。でも楽しい人はたくさんいる。

こういう人たちと一緒に楽しい場所が作れたら、色々と解決するな、と思って構想した店を2010年に出しました。
服、雑貨、家具を少し扱っています。簡単にいえば福岡発信です。地産地消?自給自足?
店は2軒を継続してやりながら、周りの色んな人たちと商品を作ったりして現在に至ります。

・ご自身がディレクションをされている Now,you know とはどういったお店ですか?

大きく分けると2つのコトがきっかけになって作った店です。
ひとつは、たっくさんあるショップを見ていて、そもそもショップってなんだ?という疑問が生まれて、
それに対して何か自分なりの考えを形にしたい、と思ったこと。
もうひとつは、福岡で作られているモノや、ここにいる人たちが、福岡の外では評価されているのに、
福岡のひとたちにはいまひとつ評価されていない、という現状に違和感があったこと。
なんか「東京で評価されたと知って、やっと評価する」みたいな。
それは、消費者がそう、という違和感ではなくて、モノを扱う側、流布させる側がそうである事への違和感。

どちらも、ずっと福岡でこういう仕事をして行くにあたって、避けてはいけない事だなと思って、
「今やんないでどうすんだ?」っていう自分への叱咤のようなつもりで、
The time is Now, you know? というショップをつくりました。

なので、こういうモノを置きたい、とかこういう内装にしたい、という意思でできている部分は実は少なくて、
こんな素敵なブランドがあるからるから置かせてもらう、
こんなすごい人がいるから協力してもらう、
そういう積み重ねで店は出来てしまって、僕はディレクターとしてアレンジをしているだけなんです。

・商品をセレクトする際、基準としている事はありますか?

モノに関しては、喜んでもらえそうなモノ、選んでいて楽しいモノ。
人に関しては、本気でやってる人。
ジャンルは問いません。法に触れないものなら、何でも。

・買い付けている商品はご自身がお選びになっているのでしょうか?

セレクトする場合は僕がしますが、例えばアンティークだったら、
僕がアメリカに行ってアンティークを仕入れる訳ではありません。
福岡にいるディーラーさんたちが持って来たものを、僕は仕入れさせてもらってるだけです。
だから、あるときはアメリカだし、ある時はインド。
福岡のブランドだと、「出来たけど、今日見にこれます?」とか無茶な電話があって
「今日!?」なんて言いながらオーダーしに行く感じです笑。

・取り扱っているオリジナル商品はご自身で企画されているのでしょうか?

僕が企画して始まるモノもあれば、コラボのような形で始まる企画もあります。
でも今となっては、僕も店のスタッフも、オリジナルであるとか無いとか、
あまり意識してないんじゃないかと思います。おそらくお客さんも。

・現在までで手掛けた作品や出来事で印象に残っているものはありますか?

やっている2つの店がすごく好きです。
そこで頑張っているスタッフまで含めて、大事な作品のようなものです。作品とかいわれると嫌がるかもしれませんが。
2軒目は、オープンして最初の1年間で、東京、大阪、札幌、福岡のディベロッパーさんから
出店のお話を頂いたのがとても印象に残っています。やろうとしていることがそれなりに評価されているのかな、と。
前にやったことも色々あるとは思うんですが、やり終わった事はあまり覚えてないので、、、。

・今現在で注目している事。

ナショナリズム
ローカリズム

・今後予定している活動

もの作りをたくさんやりたい。
地元の方と一緒に。

・自身のルーツや、バックグラウンドとなった物はなんですか?

祖母が米国生まれの帰国子女ということがあって、小さい頃からアメリカの服やお菓子が身近でした。
僕が育ったのは福岡の中でもすごい田舎の町で、アメリカのいとこにもらった古着を着たり、当時珍しかったグミを食べたり、、、。
周りにはあまり居ない環境で、ちょっと勘違いして育った感はゼロではないと思います笑。
小学校に行くのに着る服を自分で選んでいたし、髪の毛も伸ばしていて、フルートを習ってましたから笑。
野球帽をかぶってないのはクラスで僕だけでした。
祖母の美意識に影響を受け、さらに運動が出来ないというコンプレックスが拍車をかけて、
音楽とかきれいなものとかに興味を向けて行った、というのが僕のバックグラウンドだと思います。

あとは90年代~00年前半にかけてのモードをリアル体験したこと。
日本が消費国としてプレゼンスを持った時期に、プレタにおけるファッションデザインの成熟期を体験できたのはすごい財産。
日本の文化の特色や、日本人のものの考え方の特徴について考えたりするきっかけにもなったし、
今後日本人として何をやりたいか、と考えたのが独立する大きな契機にもなりました。
ちょっと大げさですが。

・ご自身にとってはファッションとはどういったものですか?

「今」のムードを具現するもの。

・紹介者のコヤナギ シンジ氏について

お互い存在は長い事知っていて、でも話したことはなくて、どちらかというと商売ガタキ的な存在でした笑。
30過ぎて「社長」になってみて、ある意味、夢をひとつ叶えてはみたものの、「社長ってなんだ?」
という悩み(迷い?)から抜けれずにいた時に、たまたまシンジさんとバッタリ遭遇して、その場で僕が
「あの、社長って、何するのが仕事なんですか?」って唐突に尋ねたという。それがほぼ初会話。
それ以来、話さなかった時間を取り返す勢いで、いろんな話しをさせていただいてます。
こういう方に「仲間」と言ってもらえる間は、間違った生き方はしてないのかな、と思ってます。大先輩兼反面教師笑。

・次回紹介する人と、その人について

HUM&RAWER 濱田博昭

短大の非常勤になる前は専門学校で講師をやっていて、その時の学生なんです。
勉強はぜんぜんやってなさそうでしたが。
東京にでて10年近く?ちゃんとファッションの世界にいるのがえらいなと。
応援してます。

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株式会社カラーフィールド 代表取締役 秦 寛史
香蘭女子短期大学(福岡市) ファッション総合学科 非常勤講師

ハタ ヒロフミ 1974年 福岡県生まれ。
九州芸術工科大学(現:九州大学 芸術工学部)卒業

学生時代に、インポートブランドのセレクトショップでアルバイトを始め、卒業後そのまま就職。
店長、メンズ、レディスのバイヤーとして11年間勤務。
2005年独立後、福岡にレディスセレクトショップをオープン。
並行して、福岡や都内の数社に外部スタッフとして関わる。
2010年新たにメンズ、レディスのセレクトショップをオープン。
現在に至る。